志和稲荷神社

 

ご神木に囲まれ白狐に守られている志和稲荷神社
岩手県紫波郡紫波町に、志和稲荷神社が鎮座しています。境内は杉の巨木に囲まれ、近くを流れる滝名川、裏手には稲荷山、田園地帯とのどかな景色が広がる自然豊かな所です。東北で古いお稲荷さんの一つと言われる志和稲荷神社は、千年もの長い歴史があります。「志和のお稲荷さん」として親しまれ、全国各地から多くの人々が参拝に訪れます。

霊験あらたかな神社として、特に商売繁盛・五穀豊穣・金運上昇・厄祓・合格祈願などのご利益が有名です。災厄を除かれ、福徳開運・家運繁栄をもたらすご神徳を授かれます。

社殿の裏の稲荷山にあるご神木「稲荷山大杉」は、樹齢およそ1,200年を越えると言われます。ご神木は周囲14m・高さ45mもあり、これに触れると延命長寿、縁結び、子孫繁栄のご利益があると崇め祀られています。

また、ご神木の根元には白狐が現れると伝えられています。木に挟まっている白狐の毛を手に入れると、幸運を手にするそうです。今でも、根元から毛を探す風習が残っています。白狐は、お稲荷さんの神使(眷属)として崇拝されています。

隣接する志和古稲荷神社では、昭和29年の台風で倒れたご神木の中から白狐のミイラが発見されました。志和古稲荷神社は、明治維新まで本宮寺というお寺でした。現在、白狐のミイラは参拝者にも公開され、志和古稲荷神社に祀られています。名称も似た稲荷神社が、300m程しか離れていない所に鎮座しているのは不思議ですが、白狐にまつわる話から両稲荷神社ともパワーがあることがわかります。併せてお参りするとご利益も上がるのではないでしょうか。

志和稲荷神社は地元では五大稲荷の一つとも言われ、金運アップのパワースポットとして人気があります。

志和稲荷神社の朱い鳥居には藤の輪がかけられています。お正月やご神事で混み合う期間を除き、茅(藤)の輪くぐりで穢れを取り除いてから参拝できます。

落ち着いた佇まいの静かなご聖域の中で、白狐に守られた志和稲荷神社をゆっくりと散策してみてはいかがでしょうか。
 

志和稲荷神社の特徴
志和稲荷神社の創建については、不明なことが多くはっきりしていません。806年〜810年には創建されていたとか、1335年に奥州総大将の斯波家長(しばいえなが)公が京都の伏見稲荷を勧請したとも伝わっています。有力な説として、平安時代後期の1057年に源頼義(みなもとのよりよし)公が、伏見稲荷神社から分霊を勧請して、志和稲荷神社を創祀したと言われています。

頼義公は、陸奥守として東北の地に赴任していました。前九年の役で、陸奥の豪族であった安倍頼時(あべよりとき)父子を討伐した事で知られています。頼義公が、前九年の役で陣ヶ岡に布陣した時に、戦勝を祈願する為に創祀したようです。その後、藤原氏の一族が再建したとも、1189年の奥州合戦において源頼朝(よりとも)が再建したとも伝わっています。

室町時代には斯波氏から篤く崇敬され、1588年に斯波詮直(あきなお)公による社殿の造営も行われています。その年に詮直公は、南部信直(なんぶのぶなお)公に追われ、志和稲荷神社の別当寺である成就院に逃げています。その後は、南部氏が代わって志和稲荷神社を崇敬していました。このことから、志和稲荷神社に別当寺があったことも分かります。明治元年まで神仏混合により、修験道寺院である成就院が管掌していました。本地仏は十一面観音でした。

南部氏・盛岡藩により庇護された志和稲荷神社は、田畑などの寄進が70石にも及ぶほどでした。1834年には藩主・利済(としただ)公により、盛岡から志和稲荷神社への5里(約15㎞)もの参道が造成されました。参道は稲荷街道と呼ばれ、工事は2万2千人以上を要する大土木工事だったようです。このことからも、志和稲荷神社の深い由緒が伝わってきます。

明治元年、村社に列格、大正7年に県社に昇格しました。昭和32年には、別表神社に指定されています。

志和稲荷神社では、年間を通して様々なご神事が行われます。その中の福狐祭は、霊妙に叶う祭りとされています。その由縁は、古い文献に残されています。弘法大師が京都の東寺にて萬民豊楽の加持祈祷をしていた所、一人の老人が現われ、稲束を神穀として手渡し去ったそうです。その後、弘法大師の前に再び現われ「自分は稲魂であり、天下に衣食住を与えるために現れた」と言い、また「白狐となり今後は使者となる」と言い残したそうです。

お稲荷さんには狐の神がいると誤解されますが、神使の白狐です。神使でありながらも白狐は福狐であり、昔から人々に親しまれ崇拝されてきた理由が分かります。日々の生活を守ってくださるお稲荷さんに、改めて感謝の思いが沸いてきます。

 

志和稲荷神社のご祭神
ご祭神
・宇迦之御魂大神(うがのみたまのおおかみ)
稲荷大神   衣食住の守り神・生活全般の守護神
・猿田彦大神(さるたひこのおおかみ)        海陸の交通安全・土地の守護神
・大宮能売大神(おおみやのめのおおかみ)   愛敬の神・福徳円満の神
志和稲荷神社のご祭神は、災難を祓い福徳をもたらしてくださいます。日々の生活に限りないご加護をいただけます。
 

志和稲荷神社のご利益
ご利益は、金運・家内安全・交通安全・商売繁盛・五穀豊穰・大漁満足・職場安全・学業成就・厄年祓・旅行安全などの、様々なご神徳を授かれます。また、稲荷山大杉など、健康長寿のパワースポットとしても知られています。

 

志和稲荷神社のどこが見どころか?
志和稲荷神社には、いろいろな所にご利益が授かれるスポットがあります。稲荷山大杉はもちろんですが、境内には「願かけ杉」と呼ばれる幹に空洞がある杉の木があります。お賽銭をその空洞に一回で投げ入れられると願いが叶うそうです。

また、「銭撫獅子」(ぜになでしし)が祀られています。お札で獅子の頭を優しく撫でてあげると、金運が良くなると言われています。

ご神馬舎では、ご神馬の像が祀られています。

その左側に安置されている「寿命神」のご神像に触れると、さらに金運アップのご利益があるそうです。

それから、志和稲荷神社の「耳欠け狐」もよく知られています。昔から稲作地帯であった紫波町ですが、水不足は死活問題でした。滝名川の水を巡り、地元の農民同士が度々喧嘩をしたそうです。干ばつの年、石を投げ合うなど「水喧嘩」と呼ばれる争いは、300年以上も続いていたようです。喧嘩が起きた時に、境内の石造りの狐像が被害にあい耳が欠けたと言われています。

今では、上流に山王海ダムが作られ、開発・整備により争いはなくなりました。ダムには、平安の文字が刻まれ、祖先への慰霊・鎮魂の思いが込められています。

お稲荷さんの白狐と言えば、稲が実る五穀豊穣の神使です。稲作が始まる春に里に現れ、実りの秋を迎えると山に戻ることから、農耕を見守る神使とされたようです。

志和稲荷神社の神は、この水喧嘩を見てどう感じたのでしょうか。まるで身を呈して、喧嘩を終わらせたかのようです。水喧嘩から、生きることに必死だった昔の人々の生活の大変さがよく伝わってきます。また、それだけに志和稲荷神社への篤い信仰があったのだろうと感じます。

懐かしい日本の原風景のような志和稲荷神社。「耳欠け狐」などを通しても、忘れてはいけない大切な事を思い出させてくれる素敵な神社です。  

志和稲荷神社の一番パワーのある所
志和稲荷神社は至る所にパワーがあり、ご神徳を授かることができます。特に、金運上昇のパワースポットとして多くの参拝客が訪れます。稲荷山大杉には、特にパワーがあると言われています。手に触れてパワーを感じましょう。千年もの時を越えて大地に立つ大杉から、大きな力を授かれます。

のどかな景色の中にある静かな神社ですが、志和稲荷神社は人々に篤く崇敬されパワーに溢れています。

 

ライター 梅花桜花
 

基本情報
住所:〒028-3442 岩手県紫波郡紫波町升沢字前平17-1
電話番号:019-673-7608
アクセス:
・JR紫波中央駅から15分
・東北自動車道紫波ICから5分
公式HP:https://www.shiwa-oinarisan.jp/

 

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