南宮大社

金運のパワースポット「南宮大社」

崇神天皇の時代に創建されたと伝わる「南宮大社」(なんぐうたいしゃ)は、岐阜県不破郡垂井町に鎮座する由緒ある神社です。岐阜県西部に位置する南宮山の麓に鎮座し、国府の南に宮があった事から「南宮」と名乗るようになったとされています。かつて、南宮大社は南宮神社いう名称で呼ばれていました。

南宮大社の境内には、江戸時代の建築物18棟が残され、国の重要文化財に指定されています。式年遷宮が51年毎に行われているということです。主祭神は鉱山を司る神・金山彦神(かなやまひこのかみ)が祀られています。

そのため、全国の鉱山、金属業の総本宮として篤く信仰されてきました。京都の御金神社が同じ祭神の金山彦神を祀り、金運上昇のパワースポットと称されたことから、南宮大社も同様に金運のパワースポットとして注目されています。

南宮大社のご祭神・ご利益

南宮大社の主祭神は、鉱山や金属などを司る金属関係の神様・金山彦命です。金という文字が用いられることから鉱山・金属業だけではなく、金運アップにもご利益があるとされています。勝負事にも霊験あらたかで、受験シーズンや必勝祈願に多くの人が訪れています。配神には、彦火火出見命と見野命をお祀りしています。

地元の人から南宮大社は「なんぐうさん」と呼ばれて親しまれています。また、金属関係の神様にふさわしいお祭りが、毎年11月8日に執り行われます。野鍛冶(農具などの鍛冶屋)による古式ゆかしい鍛錬式が行われる金山(ふいご)祭りです。その日は、多くの金属や鉱山関係者、彫金の工芸家が参拝に訪れます。

初詣には老若男女問わず多くの人が、パワースポットである南宮大社にお参りします。社殿では安産、お宮参り、厄除、災難除、心願成就、車祓いなどのご祈祷が行われています。

南宮大社の由来
社伝によりますと、南宮大社の創建は3世紀後半ごろの崇神天皇の時代と云われています。平安時代中期の延喜式神名帳には、「美濃国不破郡 仲山金山彦神社」とあり美濃国一宮と記され、名神大社に列せられていました。かつては南宮神社と称していましたが、1925年、国幣大社に社格が昇格すると、戦後には南宮大社へと改称されます。

文亀元年(1501年)4月、社殿や僧房が全焼する火災が発生しましたが、守護の土岐政房によって復興され、永正8年(1511年)、建物が完成しました。しかし、1600年(慶長5年)、関ヶ原の戦いが起こり、またも焼失してしまったため、1642年、徳川家光は岡田善政を奉行にして再建させます。現在の建物はその当時に建てられたものです。なお、この時に作成された文書が今も保存されています。再建に要した費用などが詳細に記載されていることから、貴重な資料として国の重要文化財に指定されました。

天下分け目の関ケ原の合戦は、東軍率いる徳川家康が、西軍率いる石田三成に勝利したことで有名ですが、実は南宮大社からすぐ近くの場所で決戦が行われています。南宮山の山頂では有力大名の毛利秀元が布陣しており、麓にある南宮大社は勝負事のご利益があるとして信仰されていました。他に源氏や北条氏といった有力な武将からも篤く信仰されています。

1868年、神仏分離により神宮寺が分離移転すると、1871年(明治4年)、近代社格制度により、南宮神社として国幣中社に列しました。1925年(大正14年)に国幣大社に昇格すると、戦後、南宮大社と改称し現在に至っています。

南宮大社の最もパワーがある場所
石輪橋
関ケ原の戦いで南宮大社は焼失してしまいましたが、寛永19年(1642年)、徳川家光が再建に着手します。その際、硬い石材である花崗岩を用いて造られた石橋が境内に二つ造られました。そのうちの一つが「石輪橋」(せきりんきょう)です。

石で造られたとは思えないほど、名前のとおりとても滑らかな美しい輪のような円弧を描いているのが特徴です。緻密に計算され、石を削り組み合わせる高度な技術がうかがえる石輪橋ですが、人間は渡ることができません。石輪橋の別名を「神の橋」と呼び、神様以外に渡ることは禁止されています。私達が参拝する時は、隣接する平らな橋である「石平橋」の方を渡りましょう。

楼門
川をはさんだ石輪橋の向こうは、鮮やかな朱色の建物が見えます。壮麗な朱塗りの建物の先頭を飾るのが、「楼門」です。南宮大社の中でも一番目を引く豪華さです。私達人間には見えないだけで、南宮大社の神様が石輪橋を渡り、楼門をくぐっているのかもしれませんね。重要文化財の一つに指定されている楼門は、同時にパワースポットにもなっています。

石輪橋側から楼門を見ると高舞殿がうかがえます。反対に高舞殿側から望めば、緑豊かな山の景色が楼門と相まって、絵画のような景観が楽しめます。お正月には、その門の間から初日の出が見られることから縁起も良いとして、人気のフォトジェニックスポットになっています。

南宮大社の見どころ
朱塗りの建築物
南宮大社には、数々の南宮造といわれる和様と唐様を織り交ぜた、鮮やかな朱塗りの建築物があります。本殿をはじめ幣殿、拝殿、回廊(2棟)、勅使殿、高舞殿、楼門、神輿舎、神官廊、樹下神社本殿、高山神社本殿、隼人神社本殿、南大神神社本殿、七王子神社本殿、輪橋、下向橋、石鳥居の18棟全てが重要文化財に指定されています。南宮大社境内の最も奥には、南宮稲荷神社が鎮座しています。手前には千本鳥居が建てられ、特に百連鳥居は壮麗で、くぐると朱色の艶やかな世界観が広がります。

御朱印帳
御朱印帳が南宮大社オリジナルデザインになっています。楼門と南宮大社の御神木で、境内に数多く植栽されている白玉椿が描かれています。常緑樹のなかで椿は、最も美しい花とされ、中国では90歳のお祝いに使われ、悪魔を払うともされるなど、霊験あらたかな花として知られています。

祭事
南宮大社では、多くの祭事や祭典が執り行われています。節分祭では、平将門にちなんで12本の矢が射られます。白玉椿が満開の時期には、高山社の奥宮で行われる、高山社祭があります。

別名を椿祭りとも呼ばれています。例大祭では、国の重要無形民俗文化財である神行式や蛇山神事、還幸舞が披露されます。弓矢は古代より、霊力を備える狩猟具といわれていました。

平安時代からは弓道は神様への儀式にもなるなど、神事にも取り入れられています。南宮大社には弓道場が設けられ、10人の射手が装束をまとい、10手を射ることから百手となる百々手式などの弓術儀式が奉納されています。

宝物館
由緒ある南宮大社には宝物館が境内にあり、絵馬、絵画、刀剣、胴丸、駅鈴など、多くの宝物が保存されています。重要文化財に指定を受けている宝物は、太刀の「康光」と「三条」、無銘の鉾です。そのなかでも特に貴重な宝物は、日本に5本しかないといわれる平安時代の名刀「三条」です。この三条は通常、見ることができませんが、1年に1度、11月3日(文化の日)に公開されています。

まとめ
金属や鉱山をつかさどる金山彦命を祀る「南宮大社」。金運・勝負事・開運・安産・厄除け・心願成就など、さまざまなご利益があるとされています。由緒ある神社は静寂に包まれ境内も広く、心が落ち着きます。

南宮山の麓にあり豊かな自然と清浄な空気は、心を正してくれる場所でもあります。ぜひ、南宮大社のエネルギーを感じに訪れてみてはいかがでしょうか。

基本情報
所在地:岐阜県不破郡垂井町宮代峯1734-1
電話番号:0584-22-1225

アクセス:
・鉄道:JR東海道本線 垂井駅から 南西へ約1km(徒歩で約20分)
・名阪近鉄バス:大垣宮代線 「南宮大社前」バス停下車、降車後徒歩ですぐ(季節運行:毎年1月1日~3日)
・垂井町巡回バス:垂井・宮代・表佐線(さわやか号)「南宮大社前」バス停下車、降車後徒歩ですぐ(運行日:平日のみ)
・車:名神高速道路関ヶ原ICから約15分。大垣ICから約20分、東海環状自動車道大垣西ICから約10分、国道21号線御所野交差点を南へ約600m。
公式HP:https://www.nangu-san.com/
参拝時間:5:00~18:00(祈祷・朱印は9:00~16:30)
駐車場:あり
  *最新の情報は公式HPでご確認ください。

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