日枝神社

君の名は の聖地として有名な「日枝神社」
飛騨山王宮 日枝神社(ひださんのうぐうひえじんじゃ)は、岐阜県高山市城山に鎮座する神社で、高山城址が残る城山公園の南側に位置しています。永治元年(1141年)に創建された歴史ある古社で、高山市の鎮守社として信仰を集めています。毎年4月には高山に春の訪れを告げる例祭・山王祭が行われ、「春の高山祭」として有名です。「秋の高山祭」とともに、ユネスコの世界無形文化遺産に登録されています。

木々が生い茂る緑豊かな日枝神社は、爽やかな空気に包まれ自然のパワーを感じます。拝殿前には、樹齢1000年以上の見事な大杉が真っすぐに大きく枝を伸ばし、圧倒されるほどの迫力です。県の天然記念物にも指定されいます。

日枝神社の由来
日枝神社の創建は古く、平安時代後期の永治元年(1141)、当時三仏寺城城主だった飛騨国司平時輔の神意により、日吉大社(滋賀県大津市坂本)の分霊を勧請したのがはじまりと云われています。創建にまつわる伝承が残されています。かつて平時輔が三仏寺城近くの日片野山中で狩りを行っていたところ、年老いた一匹の狼が現れました。

そこで射貫いて狼を仕留める事に成功します。ところが仕留めたとされた場所に近寄ってみると、その姿はどこにも無く近くにあった大杉に矢が突き刺さっていたということです。この不思議な出来事から、時輔は山の神である大山咋神(おおやまくいのかみ)が神の使いの狼を助けたのだと悟ります。自らの行為を反省すると同時に、このことがきっかけで大山咋神を深く信仰するようになり、日枝神社を創建したと云われています。

平安時代末期の養和元年(1181)、源義仲が飛騨の地に侵攻すると三仏寺城は落城、日枝神社も兵火により多くの社殿が焼失してしまいました。当時城主だった平景家も、源平合戦により全国に転戦したため、庇護者不在となり衰微していきます。その後、日枝神社は片野村杉ヶ平へと移され、片野村の産土神として信仰されるようになりました。

天正18年(1590)、高山藩初代藩主・金森長近が高山城を築きます。元々金森家は近江(現在の滋賀県)の出身だった事から、近江日吉大社の祭神を祀った日枝神社を篤く信仰しました。その後、高山城の鎮守社として現在地に遷座すると、以降高山藩主金森家の崇敬社として庇護されます。

寛文5年(1665)、4代藩主金森頼直が大病を患ったため、越中肴屋連中、金森家家臣、高山町中が藩主の病気平癒と武運長久を祈願して絵馬を奉納しています。元禄5年(1692)、高山藩6代藩主金森頼時が出羽国上山藩(現山形県上山市)に移封されて、高山城は廃城になりました。しかし以降も代官・郡代などが、高山陣屋の鎮守社、陣屋町の南半分(宮川以南)の氏神として庇護し続けます。

寛延元年(1748)、現富士神社社殿である本殿を再建しました。当時、神仏習合で松樹院が祭祀を司っていたことから「山王権現宮」と称されていましたが、明治時代初頭に神仏分離令が発令されると仏式が廃され、明治2年(1869)に日枝神社に社号を改称します。明治時代以後は県社に、戦後は金幣社に列しています。 

日枝神社のご祭神・ご利益
「大山咋神」(おおやまくいのかみ)をお祀りしています。大山は比叡(日枝)山を意味しています。昨は主を意味することから、太古の昔より近江国日枝山と共に在る山の神として崇められています。勧請元の日吉大社や京都の松尾大社のご祭神としても高名な神様で、方除け、厄除け、縁結び、家内安全、夫婦和合、商売繫盛にご利益があるとされています。

日枝神社の最もパワーがある場所
ご神木の大杉
1605年、初代高山藩主になった 金森長近 は城下町の整備とともに、伝説の大杉がそびえる城山の麓に飛騨山王宮日枝神社を遷座し、高山城の守護神として篤く信仰しました。「日枝神社の大杉」は創建伝説で語られる矢の突き立った杉とされています。拝殿前に立ち、品格を備えた立派なご神木で、樹齢1000年を超え、樹高約40m、幹周り約7mあります。昭和31年(1956)に岐阜県の天然記念物に指定されました。

「過去に何度か落雷に遭うも樹勢はすこぶる盛ん」と、この大杉の由来書に紹介されています。普通の木は雷が落ちれば燃えたり裂けたりするのでしょうが、ご神木の威力の賜物なのかもしれません。 

日枝神社の見どころ
高山祭
高山祭は、16世紀後半から17世紀が起源とされる歴史あるお祭りです。春の「山王祭」と秋の「八幡祭」、2つの祭をさす総称が高山祭で、地元高山の人々によって大切に守り継がれてきました。このうち、高山に春の訪れを告げる「山王祭」は、旧高山城下町南半分の氏神様・日枝神社(山王様)の例祭になります。

毎年4月14日と15日に、祭の舞台の安川通り南側に位置する上町に、「動く陽明門とも呼ばれる「祭屋台」が12台曳き揃えられ、その豪華絢爛な姿が披露されています。そのうち3台では、からくり奉納が披露されます。

全国有数の山車祭としても知られ、日本三大山車祭や日本三大曳山祭のひとつに数えられています。昭和54年(1979)には「高山祭の屋台行事」として国の無形民俗文化財に指定されました。飛騨の領国大名である金森氏の時代(1585年から1692年)が起源とされ、屋台は1718年頃に始まったといわれています。町のシンボル・赤い中橋を渡る屋台は圧巻です。

また、一対2座の神輿は文化13年(1816)に制作され、現在一基は本社神輿蔵へ、もう一基は中橋詰めのお旅所に祀られています。いずれも高山市の重要文化財に指定されています。他にも屋台の三番叟・石橋台・龍神台による、精巧な動きをする人形のからくり奉納が、お旅所前にて披露されます。仕掛けが施された戻し車が登場するなど、随所に匠の技が活かされています。屋台3台とも、熟練の綱方が人形を幾本もの綱を操って、高度な技術を駆使し、まるで生きているかのような繊細かつ大胆な演技を披露します。

春の高山祭では、14日午後に日枝神社を出発すると氏子の家々を巡り、御祭神はお旅所で一泊します。15日午後、お旅所を出発して、日枝神社に戻ります。秋の高山祭と同様に、神輿(みこし)を中心に、闘鶏楽(とうけいらく)や裃姿(かみしもすがた)の警固などタイムスリップしたかのような、伝統の衣装を身にまとった総勢数百名におよぶ大行列が、お囃子や雅楽、獅子舞に先導され祭地域を巡ります。

14日夜の夜祭は、昼とは異なり幻想的な雰囲気に包まれます。それぞれ約100個にもおよぶ提灯を灯した各屋台が町を巡り、順道場を過ぎると曳き別れ歌の「高い山」を歌いながら各屋台蔵へ帰っていきます。漆黒の町並みの中、ゆらゆらと揺れる光の軌跡を描く提灯が、夜の闇を美しく飾ります。飛騨の人達の意気が高まる高山祭は、揺るぎない誇りの祭として毎年行われています。

拝殿
1779年、江戸時代中期に造営された拝殿です。木造平屋建ての寄棟造で銅板葺になっています。当時の神社拝殿建築の貴重な遺構であり、昭和33年(1958)に高山市の文化財に指定されています。

大鳥居
拝殿下に位置する朱塗りの大鳥居は、撮影スポットとして人気があります。1729年に建てられた大鳥居の「日吉宮」の社号額は、飛騨代官だった長谷川忠嵩が寄進したものです。

まとめ
日枝神社は、宮川にかかる飛騨高山の代表的な橋、赤い中橋から徒歩約10分、城山の南麓に鎮座しています。地元では山王様(さんのうさま)として親しまれ、良い気が満ちあふれ運気が上がるパワースポットとされています。また大ヒット映画「君の名は。」の宮水神社(みやみずじんじゃ)のモデルとされていることから、「君の名は。」ファンの聖地巡礼としても有名なスポットです。 

基本情報
住所:岐阜県高山市城山156
電話番号:0577-32-0520
HP:https://hiejinja.com
アクセス:
・電車:JR高山本線「高山駅」から濃飛バス、高山市内線まちなみバスで約4分、「天満神社前」下車、徒歩約9分
・車:長野自動車道「松本IC」から約2時間
参拝時間:9:00~16:00
定休日 なし
駐車場:あり(20台)

最新の情報は公式ホームページでご確認ください。

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