谷汲山華厳寺

桜・紅葉の名所「谷汲山華厳寺」
岐阜県揖斐郡(いびぐん)に位置する華厳寺(けごんじ)は、西国三十三所観音霊場の第33番札所になる結願・満願の寺院です。観音霊場巡りの終着点として日本最古であり、1,200年の歴史がある華厳寺は、さまざまな人々の願いや思いが集結されています。

古くより皇室や朝廷から篤い信仰を受け、今日では「たにぐみさん」の愛称で人々から親しまれています。春は桜、秋には紅葉の名所としても知られ、大勢の参拝客が訪れます。今回は、そんな谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)をご紹介します。

 

谷汲山華厳寺のご本尊・ご利益
本尊は、十一面観世音菩薩(じゅういちめんかんぜおんぼさつ)像です。像高は約2.5mあり、榎の一木造です。仏教の信仰対象である観音菩薩の変化身であり、六観音のひとつでもあります。頭部に11の顔をもつ特異な姿をしている菩薩のため、この名が付けられました。像身に華厳経が書写され、衣には三千仏像と諸仏の三昧耶形が描かれています。

十一面観世音菩薩は秘仏のため、通常はその姿を見ることができません。最近では2009年、花山法皇一千年忌の「結縁開帳」があり、54年ぶりに3月1日~3月14日まで開帳されました。十一面観世音菩薩は、その十一の顔で絶えず八方と天地を観て、衆生の声を聴き救ってくださるとされています。病気や困難から守るなど10種類の現世利益と、極楽浄土に転生をとげるなど4種類の後世利益をほどこすとされています。様々な災難から救い、病気治癒、財福授与、勝利を得るなどの現世利益があり、延命や、地獄に落ちずに極楽浄土に行けるように導くとされています。

本尊を守る脇侍として、不動明王像と毘沙門天像(重要文化財)が祀られています。こちらも通常は非公開になっています。不動明王は、密教特有の五大明王の一尊で明王の中心であり、大日如来の化身ともいわれています。

真言宗・天台宗・禅宗・日蓮宗などで幅広く信仰されています。除災招福、戦勝、悪魔退散、修行者守護、厄除災難、国家安泰、現世利益のご利益を授けるとされています。また、酉年生まれの守り本尊であり、特に酉年に生まれた人々の開運や厄除け、祈願成就などを助けると伝えられています。

毘沙門天は、持国天・増長天・広目天と共に四天王の一尊として数えられる武神です。四天王では多聞天として表記されています。戦勝祈願や鎮護国家の他に財宝福徳のご利益が授かるとされています。

 

谷汲山華厳寺の由来
寺伝によりますと寺の草創は、平安時代、桓武天皇(737-806)の延暦十七年(798)までさかのぼります。開祖は豊然上人で本願は大口大領(おおぐちだいりょう)です。奥州会津の豪族大口大領は、十一面観世音の尊像を安置したいと常々より強く願っていました。そこで、奥州の文殊堂に7日間参籠して、一心に有縁の霊木が得られるように誓願を立てます。7日間の苦行の末、満願の7日目の明け方になって、文殊大士と呼ばれる十四、五才の童子の御告げにより、ようやく霊木を手に入れる事ができました。

大口大領は十一面観世音菩薩像を建立するための霊木を手に入れると、京の都に上り、高名な仏師に観音像を造らせて、やっとの思いで完成にこぎつけました。観音像を奥州へ運んでいたその途中、観音像が自ら近くにあった藤蔓を切り杖にすると、笠を被って、わらじを履き歩き出したということです。途中、美濃国の赤坂(現在の岐阜県大垣市赤坂)に到着すると、観音像は立ち止まって「遠く奥州の地には行かない。我、これより北五里の山中に結縁の地があり、其処にて衆生を済度せん。」
と告げて、奥州とは別の北の方角に向かって歩き出しました。

しばらくして、谷汲の地に辿り着くと、観音像は歩くのをやめて、突然重くなり動かなくなりました。この山中には、至って持戒堅固な豊然上人(ぶねんしょうにん)と呼ばれる聖(ひじり)が修行をしていました。そこで、この場所が結縁の地だと考えた大口大領は、豊然上人と協力して山谷を開き堂宇を建立して、そこに尊像をお祀りします。

すると、堂宇近くの岩穴から油がどんどんと湧き出して無くなることがなかったため、それからは末永く灯明に用いたということです。このことを伝え聞いた醍醐天皇(885~930年)は、霊験あらたかなことだと敬い、谷から湧き出た油を灯明に用いた事にちなみ「谷汲山」の山号と「華厳寺」の扁額を賜りました。また、観音像には華厳経が書写されていたことから、寺号を「華厳寺」にしたといわれています。

天慶七年944年、朱雀天皇(923~952年)により、鎮護国家の道場として勅願寺に定められると仏具・福田として一万五千石を拝領賜りました。その後、西国巡礼中興の祖とされる花山法皇(968~1008年)が西国三十三箇所の霊場を徒歩で巡幸されて、33番札所の満願所と定められました。その際、御禅衣(笈摺)と御杖、加えて三首の御詠歌を奉納されたということです。

また、およそ180余年を経た後白河法皇(1127-1192)では、先帝花山法皇の御跡を慕って同行者1000有余人を従えて御巡幸しました。その後、建武元年(1334)に足利氏と新田氏の戦乱が起こり、新田氏一族の堀口美濃守貞満の乱をはじめとした戦乱によって、何度も諸堂伽藍が焼失するという事態が起こりました。このような危難の最中でも、辛うじて御本尊だけは後方の山中に移して奉っていたことが幸いし、安泰だったということです。

このように歴代の皇室、朝廷からの観音信仰の帰依(きえ)が厚く、古(いにしえ)からの霊験あらたかな名刹寺院として1200年余の歴史を誇ります。日本最古の観音霊場「西国三十三所観音霊場」の第三十三番札所で結願・満願のお寺として知られ、今日でも春には桜、秋には紅葉の名所として多くの人が訪れ、賑わいをみせています。

 

谷汲山華厳寺の最もパワーがある場所
本堂
本堂は明治12年に再建されました。内陣の地下には長野県の善光寺と同じく暗闇を巡る「お戒壇巡り」が設けられています。入母屋造で正面五間、側面四間の外陣、その奥に内陣がある構造になっています。

向拝の柱には、青銅製の「精進落としの鯉」が左右打ち付けられています。西国三十三所観音霊場巡礼で満願を遂げた人は、まず本堂左奥にある満願堂に参拝して満願の報告をした後に、この鯉に触れて精進した日々から俗界に戻るという精進落としの習わしがあります。

笈摺堂(おいずるどう)
花山法皇が、笈摺(半纏状の白い上衣)と杖や三首の御詠歌を寄進したといわれるお堂です。それ以降、巡礼を終えた人たちが笈摺や御朱印帳、千羽鶴などを寄進するようになりました。ちなみに千羽鶴は「おりづる」が「おいずる」に転じて、奉納されるようになったとのことです。一羽一羽、願いが込められているであろう多くの鶴が、お堂に納められています。

満願堂
本尊の木造十一面観世音菩薩像をお祀りしています。一木造で、像の高さは約2.2mあります。平安時代前期に造られたと推定されています。巡礼者は、満願堂で願い事を書いて納札(おさめふだ)に納めます。

かつて花山法皇が、西国三十三番の結願札所として詠んだとされる御製三種の御詠歌にちなみ、谷汲山華厳寺には3つの御朱印があります。本堂、笈摺堂、満願堂を指しており、それぞれ現世、未来、過去世を意味しているといわれています。

 

谷汲山華厳寺の見どころ
参道
参道左右両側にソメイヨシノやカエデが植えられ、春の桜、秋の紅葉の名所となっています。約1㎞の参道には土産物店や飲食店が並び、観光客で賑わいを見せています。

仁王門
入母屋造の三間の二重門で、江戸時代中期に再建されました。木造の金剛力士像が安置されています。奉納された巨大な草鞋が左右にあり、圧巻の迫力です。

百度石
百度石が、仁王門から本堂へと向かう参道の途中に安置されています。本堂と百度石を踏むまではかなり離れていて石段もあるため、何かを叶えようとここで御百度参りすると、かなりハードかもしれません。

観世音菩薩像と手水舎
手水舎は観世音菩薩坐像から水が流れており、ここで手と口をすすぎます。ちなみに大きな観世音菩薩像は奉納されたものです。華厳寺にはこのように信心深い方からの奉納された仏像や石碑が随所に安置されています。

子安堂(こやすどう)
本尊は子安観音が祀られています。安産や子宝授け、赤ちゃんの健康などにご利益があることから、よだれ掛けが奉納されています。

 

まとめ
谷汲山華厳寺をご紹介しましたが、いかがでしたでしょうか。目的を持って始めたことが、このお寺で結願すると思うと、誰もが喜びを感じることでしょう。笈摺堂には、うず高く積まれた笈摺にたくさんの千羽鶴が奉納され、何万人もの思いが込められています。

観音様は各々の願いを聴き届け、救いの手を差し伸べるのではないでしょうか。満願堂で報告をして、本堂の柱の「精進落としの鯉」に触れれば、誰もが達成感に満ち、表情も明るくなり帰りの足取りも幾分軽くなっているに違いありません。

この近辺ではなぜか狸の石像がたくさん置かれています。狸地蔵や「見ざる聞かざる言わざる」にちなんだ「三たぬき」もありますよ。ごろりと横に寝ころんだ「ほていさん」もいます。つい撫でたくなる大きなお腹です。

また、ここから40分かけて山を登ると、奥の院があります。時間や体力のある方は足を伸ばしてみてもいいですね。春の桜や秋の紅葉鑑賞に、あるいは慈愛に満ちた観音様のご利益をいただきに、みなさんも是非谷汲山華厳寺へ参拝に訪れてみてはいかがでしょうか。

 

基本情報
住所:〒501-1311岐阜県揖斐郡揖斐川町谷汲徳積23
電話番号:0585-55-2033
公式HP:http://kegonji.or.jp/
アクセス:
・JR:東海道本線「大垣駅」乗り換え、樽見鉄道(約40分)で
「谷汲口駅」下車
・バス:名阪近鉄バス・揖斐川町コミュニティバス(谷汲山行き、約10分)「谷汲山」下車。
・車:東海環状自動車道大垣西ICから国道21号、国道417号、国道303号、県道251号を経由で約40分
入山料:無料
拝観時間:8:00〜16:30
納経時間:8:00〜16:30
御祈祷・供養:9:00〜15:30
駐車場:有(町営駐車場700台・平日無料)
但し、日曜祝日・イベント時期(正月や桜紅葉シーズン等)有料
 *最新の情報は公式ホームページでご確認ください。

 

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