三翁神社

 

厳島神社の裏にあるほぼ全てのご神徳が授かれる三翁神社
三翁神社(さんのうじんじゃ)は、「安芸の宮島」として知られる、広島県廿日市市宮島町にある厳島に鎮座しています。瀬戸内海の西部、広島湾の北西部にあり、海に浮かぶ真っ赤な鳥居で有名な厳島神社の東回廊の裏手に位置しています。隣接する厳島神社の入口は東回廊で、出口は西回廊です。そのため、厳島神社の社殿裏を歩く人は多く、裏手と言えど賑やかな場所です。

三翁神社は、そんな人の目に付く場所にあります。厳島神社を訪れたことに満足した人々は、三翁神社を素通りしてしまうことでしょう。実は、この神社は隣接する厳島神社と深い関わりがあり境外摂社となっています。593年に厳島神社を創建したことで知られる、佐伯鞍職(さえきのくらもと)をはじめ多くの神々が祀られています。

三翁神社のはじまりは、平安時代に平清盛(たいらのきよもり)が山王社を創建したことでした。それが現在の三翁神社です。明治時代には厳島内のいくつかの神社が合祀され、数多くのご祭神が祀られました。厳島全体が清らかで穏やかさもある、力強いパワースポットとなっているのです。海・空との自然のエネルギーが調和した美しい島に静かに佇む三翁神社もまた、力強くて素晴らしいパワースポットといえるでしょう。
 

三翁神社の特徴
三翁神社は、創建年代が分かっていません。しかし、厳島神社の数多い摂社・末社の中では、起源がはっきりしている神社の1つです。「広島県神社誌」などによると、平安時代1176年の「伊都岐島つ千僧供養日記」に「比叡社」と記されています。これが後の三翁神社だと考えられています。1241年の「伊都岐島社神官等申状」では、「山王社一宇・山王社拝殿一宇」などとも記されています。比叡社から山王社となり、明治以降に三翁神社と呼ばれるようになりました。

この山王社は、平清盛公が建立したとされています。清盛公は、千人ほどの僧を招いて行われる「千僧供養」を行ないました。近江にあった山王社(日吉大社)から勧請されたのです。このことからも、三翁神社は古く由緒ある神社であることが分かります。現在の社殿は往時のままではなく、江戸時代に再建されたものです。

三翁神社は長く山王社と呼ばれていましたが、明治時代の神仏分離令などにより、明治11年になると厳島神社・摂社となっています。さらに、島内に鎮座していた末社が次々と合祀されて、多くのご祭神が祀られる形に。明治43年には、安徳天皇(あんとくてんのう)・二位の尼(にいのあま)・大綿津見命(おおわたつみのみこと)などが祀られていた、水天宮神社も合祀されています。平家にゆかりのある神社などが三翁神社に集められたのです。

また、これまで源平の戦いで壇ノ浦に入水した二位の尼のご遺体が、この厳島に流れ着いたとされてきました。二位の尼は、安徳天皇の祖母であり平清盛の正室です。幼い安徳天皇とともに入水した二位の尼を弔うために、この厳島に寺院が建立されたのことは有名でしょう。また、夫である清盛公も三翁神社の右殿に祀られることに。昭和29年に三翁神社から清盛公は分祀されて、新たに清盛神社として創建されています。

三翁神社の本殿は3つのお社に分かれており、中央殿には佐伯鞍職が神格化して祀られています。そして、鞍職の側近であった所翁(ところのおきな)と、神鳥が神懸かったとされる岩木翁(いわきのおきな)、安徳天皇、二位の尼、海の神である大綿津見命の6柱が祀られています。

左殿に祀られているのは、出雲大社のご祭神・大己貴命(おおなむちのみこと)と道ひらきの神・猿田彦命(さるたひこのみこと)の2柱。右殿には、平安時代末の厳島神社の巫女・御子内侍(みこのないし)、同じく竹林内侍(ちくりんのないし)、徳寿内侍(とくじゅないし)の3柱と、若宮の各祖神などが祀られています。

全国にある山王社が「日吉神社」と改称された明治時代、山王社から「三翁神社」と呼ばれるようになりました。三翁神社は、文字にあるように「3人の翁」が祀られていることが名称の由来だとされています。佐伯鞍職は「佐伯翁」として神格化され、他に「岩木翁」・「所翁」と、「3人の翁」が祀られているのです。

佐伯鞍職とは、安芸国を治めていた豪族です。近年まで佐伯郡と呼ばれた一帯が所領だったといわれています。海上交通の要衝である現在の廿日市市折敷畑には、守護神として「速谷神社」を創建しています。同じく海上交通の要となる厳島にも、「厳島神社」を創建しました。この創建については、伊都伎島・「平家物語」・「源平盛衰記」などに残されています。さらに、神武天皇の東征でも、佐伯鞍職は抜群の功をたてた人物だとも伝えられているそうです。

鞍職の側近の1人が、「所翁」と呼ばれるようになったエピソードがあります。その側近が大野瀬戸で狩りをしていると、西からの来航船がありました。その船に乗っていた者が降りてきて「お前は何者か」と聞いたそうです。その際「私は所(この付近)の」と答えたことから、「所翁」と呼ばれるようになったといわれています。

また、市杵島媛命(いちきしまひめのみこと)が厳島に鎮座された時、神烏である五烏 (神烏)が現在の上平良村に光臨したとされています。そして、岩礁の上に留まりました。この時、村の主であった「岩木翁」が神懸かりしたといわれています。そこで、10歩の土地を寄進し、神鳥を祀るための祠を建立したとされているのです。

三翁神社のご祭神
ご祭神 中央殿 佐伯鞍職
        所翁
        岩木翁
        安徳天皇
        二位の尼
        大綿津見命
    左殿  大己貴神
        猿田彦神
    右殿  御子内侍
        竹林内侍
        徳寿内侍
        各祖神
 

三翁神社のご利益
三翁神社は、海上守護・交通安全・方災解除・開運招福・安産祈願・子育大願・商売繁盛・五穀豊穣・良縁祈願・起業成就・病気平癒・家運降昌など、ほぼ全てのご神徳が授かれるとされています。
 

三翁神社の見どころ
「安芸の宮島」には、海上にそびえ立つ朱色の美しい社殿が特徴の、世界遺産・厳島神社があります。この島は「宮島」や「厳島」などと呼ばれますが、正式名称は「厳島」であり「宮島」は通称です。海に立つ神社は世界的に珍しく、朱色の社殿・海・自然が一体となった景観が見どころです。

この厳島は、昔から島全体が広大なご神域だといわれてきました。神聖なる「神の島」であり、住むことも立ち入ることも許されていませんでした。海と空との自然エネルギーが調和した厳島は、訪れる人々の心を落ち着かせてくれることでしょう。

厳島神社の裏手に鎮座する三翁神社は、厳島神社や平家との深い関わりがある由緒ある神社です。もし、ご祭神の1柱である佐伯鞍職が厳島神社を建立していなかったら、今の厳島の姿ではなかったことでしょう。鳥居をくぐるとすぐに拝殿があり、境内は広くはないのでぜひ一緒に参拝してみてはいかがでしょうか。

鳥居
三翁神社の正面には、青い鳥居があります。この鳥居は厳島の中で唯一の「青銅鳥居」です。

本殿
本殿は、拝殿から眺めると3つの本殿が横一列に並んでいることが分かります。現在の本殿は、天正19年に再建されたものです。3つの本殿の大きさは微妙に違っており、社殿は檜皮葺の「見世棚造」となっています。本殿に向かって真ん中が中央殿、左が右殿、右が左殿です。

三翁神社祭
10月下旬に「三翁神社祭」があり、「舞楽奉奏」が執り行われます。「舞楽奉奏」は、インド・中国・朝鮮半島を経て日本へと伝来したものです。「雅楽」と「舞い」のことだそうで、今では伝来地域において披露されることはないそうです。そのような貴重な「舞楽奉奏」は、厳島神社には約20曲も受け継がれています。そして、三翁神社の例祭ではそのうち2曲が披露されているのです。このことからも、三翁神社祭がいかに貴重なお祭りであるかが分かります。
 

三翁神社の一番パワーのある場所
三翁神社は、拝殿前が一番パワーがあります。
 

三翁神社のまとめ
広島県廿日市市宮島町の海に浮かぶ厳島に、三翁神社は鎮座しています。位置するのは、有名な厳島神社の東回廊の裏手。三翁神社は厳島神社とゆかりがあり、境外摂社となっています。また、平安時代に平清盛によって山王社として創建された、由緒ある神社でもあります。

境内には、厳島神社を創建したことで知られる佐伯鞍職をはじめ、多くの神々が祀られていることでも有名。「神の島」と呼ばれてきた厳島全体には、清らかで穏やかなエネルギーが流れています。そして、三翁神社はほぼ全てのご神徳が授かれるパワースポット。厳島神社や平家との深い歴史がある、三翁神社を訪れてみてはいかがでしょうか。

ライター 梅花桜花

基本情報
住所:広島県廿日市市宮島町大町1​
定休日:無
拝観時間:24時間
拝観料:無
アクセス:
宮島口駅からフェリーで15分、下船後徒歩で約15分
宮島ロープウェー紅葉谷駅から徒歩で約13分
紅葉谷公園入口から徒歩で約3分
駐車場:

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