水天宮

人々の魂や生命に惜しみない神徳を施す「水天宮」
東京都中央区日本橋の、江戸情緒が残された人形町エリアに、水天宮が鎮座しています。水天宮は、「水」と「子供」に縁が深い神社です。「水」には流し出す力があることから、安産・病気治癒・水難除けなどのご利益があるとされています。

そして、ご祭神の安徳天皇(あんとくてんのう)は「子供の守護神」で、安産・子授けのご利益があるとされています。

また、宇宙の始まりに天の最も高い高天原に現れた神、天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)も祀られています。天御中主大神は、命の源を産み出す大いなる力をもつ神です。

日本神話に登場する神々の祖先神で、安産・子授けなど惜しみなく無限のご神徳をあらわされます。そのため、水天宮に訪れた人々の魂や生命に、元気と活力などを注ぎ入れてくださると伝えられています。

水天宮の総本宮は、福岡県久留米市です。東京の水天宮は元々、江戸時代に久留米藩・有馬家の、参勤交代における江戸の屋敷(上屋敷)にご分霊が祀られていました。その水天宮で使われていた鈴の緒を、お下がりとして頂き安産祈願したところ、すんなりと楽なお産だったという話が広まったそうです。

それからは、お産を控える妊婦さんの参拝が絶えることなく、今でも多くの信仰を集めています。安産の守護神「犬」にあやかった「戌の日」には、水天宮の境内は、多くの参拝客で埋め尽くされるほどの人気です。 


水天宮の特徴
水天宮の始まりは、平安時代1190年です。安徳天皇の母・高倉平中宮(たかくらたいら の ちゅうぐう)に仕えていた、女官・按察使局伊勢(あぜちのつぼねいせ)が、壇ノ浦の戦いで平家が敗れた後、九州の千歳川(現・筑後川)の辺りに逃れて、小さな祠を建て祀ったことに始まります。

伊勢が周辺の人々に頼まれて加持祈祷などを行うと、霊験あらたかだったそうです。伊勢は尼御前と称えられ、当時は水天宮ではなく、尼御前神社と称され尊崇されるようになりました。

ご祭神には、天御中主大神・安徳天皇の他、安徳天皇の母・建礼門院(けんれいもんいん)と、安徳天皇の祖母・二位の尼(にいのあま)が祀られています。二位の尼は平清盛(たいらのきよもり)の正室でもあります。

壇ノ浦の戦いで平家が敗れると、二位の尼は伊勢に「生きてわれらの霊を慰めよ」と言い残し、わずか8歳であった安徳天皇を抱え、建礼門院とともに壇ノ浦に入水しました。しかし、建礼門院だけは、源氏に助けられたと伝えられています。

そして、伊勢は生き延びて九州へ向かい、後に水天宮となる祠を建てました。水天宮は、平家に由縁がある神社なのです。

時が流れ、赤松家が祖となる有馬家は、嘉吉の乱の後、有馬の郷(現・兵庫県神戸市北区)に逃れました。有馬という姓は、地名から付けられています。

後に有馬家は、豊臣秀吉(とよとみひでよし)に見出されて中央に戻されます。そのため有馬家は、幸運を運んで下さった天御中主大神に感謝し、そのご神徳を忘れぬために、有間神社(有馬神社)の社紋「三つ巴」を家紋としました。

江戸時代1620年に、有馬家は久留米藩21万石を拝領し久留米に移ります。久留米では、水天宮・尼御前大明神が信仰を集めていました。第2代藩主・忠頼公により、水天宮は庇護され、土地の寄進・社殿造営が行われます。ここで水天宮と有馬家の、深い関わりが生まれたのです。

1818年には第9代藩主頼徳公が、江戸でも水天宮をお参りできるよう、上屋敷の中に久留米よりご分霊を勧請しています。明治時代に入り、江戸の水天宮は鎮座地が移されました。明治4年に青山、明治5年に現在の地・日本橋蛎殻町へと遷座されています。

水天宮には、「情け有馬の水天宮」という、江戸の地名を盛り込んだ地口(言葉遊び)が残されています。

水天宮が安産にご利益があると聞きつけた人々から、有馬家屋敷には塀を越えて、お賽銭を投げられていたそうです。そのため、藩主は毎月5日の日だけ、門戸を開放し人々が参拝できるようにしました。その情け深さから地口が生まれ流行語となったようです。

水天宮の門戸の開放の大英断には、後日談があるそうです。水天宮に参拝に訪れる人々からのお賽銭は、年間で2,000両ほどと伝えられています。幕末の藩の困窮した財政は、お賽銭によって潤う結果となりました。幕末の1両は3,000円~4,000円と言われ、現在価格では2,000両は600万〜800万程でしょうか。

「情けは人のためならず」と言いますが、人に対し情けを掛けておけば、やがて巡り巡って自分に良い報いが返ってくるものなのですね。 


水天宮のご祭神
ご祭神
天御中主大神
安徳天皇
建礼門院
二位の尼
 

水天宮のご利益
水天宮は、安産・子授け・病気治癒、水難除け・漁業・海運・農業・水商売などのご利益で知られています。授与品には、竹籠を頭に被った犬の置物「福犬」があります。「福犬」は、安産祈願に限らず、神のご加護(籠)があるよう、福を呼び幸せを運ぶとされています。

また、「犬」の字に「竹」の字をかぶせると「笑」になり、「笑顔が絶えない様に」との意味も込められているそうで「福犬」は人気です。そして、「子宝福絵馬」は境内に結ばずに、自宅の枕元に置くとご利益があるそうで、可愛らしいデザインの絵馬も人気となっています。
 

水天宮のどこが見どころか?
幕末から人々に尊崇されてきた日本橋・水天宮は、「安産祈願といえば水天宮」と言われるほど、広く知られています。

平成28年に造り替えられた新しい社殿をはじめ、境内全体がすっきりと整えられています。神社の入口からして近代的な造りで、1階が駐車場、境内は階段を上がった所にあります。

また、最新技術の免震構造などが備えられた、安心で安全な大都会の真ん中にある神社です。駅からもアクセスがよいため、多くの人が参拝に訪れています。

本殿
新しい本殿は、白木を基調とする秀麗な建築様式となっています。新しさの中にも、受け継がれてきた伝統文化が残され、錺金具・彫刻等も施されています。時代に合わせて、免震構造も取り入れられました。古今の良さが感じられる本殿は、見応えがあります。

子宝いぬ
母犬が子犬を見つめる、「子宝いぬ」と呼ばれる愛らしい像があります。母犬の穏やかな表情から、子犬への愛情が感じられます。

子宝いぬの台座に、十二支の石が置かれています。自分の干支を撫でると、安産・子授けなどのご利益があるそうです。干支の石だけでなく、犬たちの頭もピカピカに輝いています。可愛らしさに、つい撫でられてしまうのでしょう。

宝生辨財天
社殿前の朱塗りが美しいお社には、弁財天も祀られ、学芸・芸事・金運のご利益があります。

久留米藩第9代藩主・頼徳公は、加賀藩第11代藩主・前田斉広公と、宝生流能楽の技を競うことになりました。頼徳公は、水天宮の弁財天で願掛けしたところ、見事勝利を収めたと伝えられています。毎月5日・巳の日は弁財天が開帳され、拝観することができます。

安産子育河童
境内には、珍しい河童の親子像があります。母親の河童の足下・胸・肩には、小さな赤ちゃんの河童が、しっかりとしがみつく可愛らしい姿があります。親子仲睦まじい姿に、参拝者も笑顔になることでしょう。桶で水を河童像にかけると、安産・子育てのご利益があるそうです。
 

水天宮の一番パワーのある所
水天宮の近代的で綺麗なご神域には、優しい気が流れています。拝殿前が一番パワーがあるとされています。
 

水天宮のまとめ
東京・日本橋にある水天宮は、安産・子授けのご利益で知られています。江戸時代の終わり頃、久留米藩・有馬家の上屋敷に、久留米の水天宮からご分霊を祀ったことが始まりです。

水天宮の鈴の緒を、お下がりとして頂いた妊婦が安産だったことから、水天宮の噂が人々に広まり篤く信仰されてきた神社です。「戌の日」には、多くの参拝客が訪れ賑わいます。

また、ご祭神・天御中主大神は、命の源を産み出す大いなる神です。参拝者の魂・生命に、元気や活力を注ぎ入れてくださると伝えられています。安産祈願の他にも、様々なご利益がありますので、ぜひ水天宮の優しい気に触れてみてはいかがでしょうか。

(ライター 梅花桜花) 


基本情報
〒103-0014 東京都中央区日本橋蛎殻町2丁目4-1
TEL 03-3666-7195
定休日   無
拝観時間  7:00 ~ 18:00
拝観料   無

アクセス  東京メトロ半蔵門線 水天宮前駅(5番出口)より徒歩1分
      東京メトロ日比谷線 人形町駅 (A1出口)より徒歩6分
      都営地下鉄浅草線  人形町駅 (A3出口)より徒歩8分
      都営地下鉄新宿線  浜町駅  (A2出口)より徒歩12分
      JR東京駅 八重洲口から タクシーで約15分
駐車場     有(境内1階・有料)
https://www.suitengu.or.jp/

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