お粥試しで運勢を占う「千栗八幡宮」
千栗八幡宮(ちりくはちまんぐう)は、佐賀県三養基郡みやき町にある一之宮で、724年(神亀元年)に建立された由緒ある神社です。千栗と書いて「ちりく」の独自な読み方も、創祀された時の伝承が由来になっています。毎年3月15日に、日本三大粥祭りの一つである「お粥試し」(通称「おかいさん」)が行われます。お粥に生えたカビの生え具合で1年の吉凶を占うとされ、福岡県西方沖地震も的中させたため、当たると話題になった有名な神事です。
また、1992年のバルセロナオリンピック金メダリストである柔道の古賀稔彦選手は、この神社の146段ある石段を足腰の強化のために駆け上がるなどしていました。今もスポーツの鍛錬として、石段を使ってのトレーニングに励む人達を見かけます。
千栗八幡宮の由緒・ご祭神
「鎮西要略」によると724年(神亀元年)、肥前国養父郡の郡司・壬生春成(みぶはるなり)が八幡大神の御神託を賜り、千根(ちこん)の栗が生えている地に創祀したといわれています。「千栗」と書いて、なぜ「ちりく」と読むのかというと、次の伝承が由来になっています。
壬生春成が千栗山に猟をしに行ったところ、八幡大菩薩の使いである白い鳩が一羽飛んできて、弓の先に止まりました。するとその晩、白髪のおじいさんが千個の栗を丸い盆に盛り枕元に置くと、「この地に八幡神を祀りなさい」という夢を見ます。春成が翌日、再び千栗山に猟に行ったところ、なんと逆さに植わった千個の栗から、栗の木が一夜のうちに生い茂っている光景を目にしました。このことから「くり」を逆さにして、「ちりく」と呼ぶようになったといわれています。
931年〜938年(承平年間)に宇佐八幡宮の別宮になり、以来、五所別宮(大分八幡、千栗八幡、藤崎八幡、新田八幡、鹿児島神宮)の一と称せられ、朝廷からも厚く崇敬を受けるようになりました。1609年(慶長14年)には、「肥前国総廟一宮鎮守千栗八幡大菩薩」の勅書を、後陽成天皇より頂戴しています。中世以降は肥前国一の宮と称されました。
千栗八幡宮の主祭神は、応神(おうじん)天皇、仲哀(ちゅうあい)天皇、神功皇后(じんぐうこうごう)です。応神天皇のご神霊は八幡大神です。父は仲哀天皇、母は神功皇后なので親子三柱の神様が主祭神として、千栗八幡宮にお祀りされていることになります。応神天皇は、大和朝廷が栄えた時代の4世紀後半に実在した、第15代天皇です。武運、国家鎮護の神様として朝廷から、武士、庶民にいたるまで広く崇敬を集めてきました。
仲哀天皇は、第14代天皇です。九州中南部に住み、大和朝廷に長く服属しなかった熊襲(くまそ)という種族を征伐するため出陣した際、敵の矢に打たれ崩御したと伝えられています。
神功皇后は別名「息長帯姫命」(おきながたらしひめのみこと)と称します。古事記や日本書紀にも登場する伝説上の人物です。仲哀天皇没後、朝鮮半島へお腹に子供を宿したまま遠征し、その後無事帰国し、出産したと伝えられ、その時の子供が後の応神天皇になります。その経緯から安産、子育ての女神として篤く信仰されています。
なお配神として、難波皇子(なにわのみこ)、宇治皇子(うじのわきいらつこ)、住吉明神、武内宿禰(たけのうちのすくね)の四柱の神様がお祀りされています。ご利益は、応神天皇がお祀りされていることから、出世開運や勝負運、そして武運長久(戦いなどに赴く人が良い運がいつまでも続き、長く無事な状態でいられること)があります。また、神功皇后がお祀りされていることから、子孫繁栄、安産祈願のご利益も授かるとされています。
また、近年ではオリンピックの金メダリストが、少年時代に千栗八幡宮の石段を駆け上がり足腰を鍛えたことから、スポーツの必勝祈願に訪れる人も多く見受けられます。
千栗八幡宮の見どころ
鳥居
町の重要文化財にも指定されている歴史ある千栗八幡宮には、堂々とした石造肥前鳥居がシンボルになっています。1609年(慶長14年)、鍋島藩祖鍋島直茂公により奉納されました。佐賀県内の石造肥前鳥居の中でも古いもののひとつとされています。
栄光への石段
参道の146段の長い階段は柔道のオリンピック金メダリスト古賀稔彦選手が、少年時代にトレーニングのため階段ダッシュを毎日欠かさずしていた練習の場でした。下半身を鍛えることはもちろん、あやかる意味でも強力なスポットです。高低差25メートルの石段の脇には後援会が建てた「栄光への石段」の顕彰碑が建っていて古賀選手の栄誉を讃えています。「ここが私の原点」と話していた古賀選手の精神は今も受け継がれ、県内外の多くの運動部員がトレーニングに訪れるそうです。
ご神木
境内には、樹齢400年とされるご神木の楠があります。こちらの楠は、根の部分から子の楠が生え、非常にめずらしく、まるで親子のような形態になっています。良縁成就、家庭円満のご利益があるといわれています。
千栗八幡宮の境内社
武雄神社
武雄(たけお)神社には「屋主忍男武雄心命」(やぬしおしおたけおごころのみこと)をお祀りしています。孝元天皇の皇子、彦太忍信命(ひこふつおしのまことのみこと)の子供にあたります。後に祭祀・占(ト)を司る任にあたり、景行天皇に仕えた臣下で千栗八幡宮のご配神・武内宿禰の父でもあります。
昔から手足の神様といわれ、手や足の痛みに霊験を顕し、多くの人がそのご神徳を授かっています。手や足に痛みのある人は奉納されている木型を持ち帰り、痛みのあるところに当て快復を祈念し、治癒のお礼には手・足の木型を新しく作って奉納します。左右には表情豊かで愛敬あるお顔の狛犬が鎮座し、見る者の気持ちを温かくしてくれます。
鳩森稲荷神社
鳩森稲荷(はとのもりいなり)神社のご祭神は、穀物神である「保食神」(うけもちのかみ)です。また、千栗八幡宮を建てた郡司(地方官)・壬生春成(みぶはるなり)の弓の先に止まったといわれる八幡神の御使いである白鳩もお祀りしています。ご利益は、家内安全、火炎鎮護、交通安全、商売繁盛といわれています。
千栗八幡宮のご神事「お粥だめし」
千栗八幡神社では、毎年3月15日に、日本三大粥祭りの一つ、通称「おかいさん」と呼ばれる「お粥だめし」が行われます。8月1日には通称「輪くぐりさん」と呼ばれる「名越祭」が、9月15日には秋の大祭の「放生会」、「行列浮立」が行われます。その中でも「お粥だめし」は、1,200年以上の歴史を持っています。炊いたお粥についたカビの色により、吉凶を占うという珍しい神事です。2005年の福岡県西方沖地震を的中させたり、台風の当たり年や、ノロウイルスの流行も予言したと話題になりました。
2月26日に大きな鍋でおかゆを炊きます。それを銅製の鉢に盛り、箸を十文字に渡して東西南北を定めます。肥前、肥後、筑前、筑後の4カ国に国分けをして、本殿に納めます。3月15日のお祭り当日に、そのおかゆの表面にあるカビの生え具合をみて各地の農作物の豊作や凶作、台風、洪水、干ばつ、地震などの自然災害、火災などを占っていきます。今年の吉凶がわかるとあって地元だけでなく、遠方からも「お粥だめし」に参加する参拝者で、毎年賑わいを見せています。
まとめ
「千栗」と書き、珍しい読み方「ちりく」と称する「千栗八幡宮」(ちくりはちまんぐう)。この呼び名が受け継がれ、千栗八幡宮一帯に歴史やロマンが感じられます。「お粥だめし」という珍しい神事も残されているなど昔からの伝承を今に継承し、大切にする「千栗八幡宮」に一度訪れてみてはいかがでしょうか。
ライターネーム/サクヤ凛
基本情報
住所:佐賀県三養基郡みやき町大字白壁2415
電話番号:0942-89-5566
アクセス:
・公共交通機関:JR久留米駅→西鉄バスで佐賀行き12分、千栗八幡宮前下車、徒歩すぐ
・車:長崎道鳥栖ICから国道34号経由11km20分
営業時間:9~17時
定休日:無休
料金:境内自由
駐車場:あり/30台(無料)

