でんぼの神様で親しまれる病気平癒で有名な石切剣箭神社
大阪府東大阪市に鎮座する石切剣箭神社は、「でんぼ(腫れ物)の神様」と呼ばれ、病気平癒で有名なパワースポットです。そんな石切剣箭神社とは一体どんな神社なのでしょうか?今回は、「石切剣箭神社」の人気の秘密や歴史、ご祭神、ご利益、見どころ等、ポイントごとに紹介していきます。
石切剣箭神社はどんな神社?特徴は?
「いしきりさん」や「でんぼ(腫れ物)の神様」の名で親しまれる石切剣箭神社は、病気平癒のご利益が高いことで有名な神社。年間約100万人が参拝に訪れるといわれており、「石切劔箭」は御祭神の神威が強固な岩をも切り裂き、貫き通すほど偉大なさまを表しています。
そのように鋭い力が、ニキビやおでき、悪性腫瘍などの腫れ物をご神体の劔箭(つるぎや)で断ち切ってくれるのだとか。本殿の前と神社の入口のところに「百度石」があり、石切劔箭神社のお百度参りは全国的にも有名です。
石切劔箭神社は本社と上之社(かみのしゃ)の2社存在し、上之社がもともと神社の発祥と言われる元宮(奥の院)の位置付けとなっており、ひそかにパワースポットとして崇敬を集めています。
石切劔箭神社では例大祭として4月15日と16日に春季大祭が、8月3日と4日に夏季大祭が、10月21日と22日に秋季大祭が行われます。
石切剣箭神社の歴史
石切剣箭神社の創建年は不詳ですが、代々の社家「木積」家には、紀元前659年(皇紀2年)頃、生駒山の山中に可美真手命(うましまでのみこと)が父神にあたる饒速日尊(にぎはやひのみこと)を奉祀したのを神社の起源としています。崇神天皇の時代には、可美真手命が奉祀されたとのこと。
古代の有力氏族で、大和朝廷の軍事・警察を司っていた物部(もののべ)氏は、ご祭神の饒速日命の子孫にあたります。
室町末期には、兵火によって神宮寺であった天台宗法通寺とともに石切剣箭神社の社殿が焼失。その後復興するも、宮山にあった祭祀場は現在の上之社のある場所に遷されました。
明治時代には村社に列格。1905(明治38)年には饒速日尊が現在の本殿に合祀されています。その後も、上之社のあった土地は、奥の院として信仰を集めました。1932(昭和7)年に解体保存されていた本社の旧本殿を上之社に移しています。石切劔箭神社は戦後、「神道石切教」を設立し、その総本部となっています。
石切剣箭神社のご祭神
石切剣箭神社のご祭神は、石切大明神(饒速日尊、可美真手命)の2柱です。
饒速日尊(にぎはやひのみこと)
饒速日命は物部(もののべ)氏の祖先といわれる神で、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)より早く天磐船で地上に降臨していたと言い伝えられており、「航空祖神」として信仰される神様です。神武天皇の東征では、神武天皇に帰順し、天から授かった十種の神宝(とくさのかんだから)を神武天皇に献上。神武天皇と敵対していた長髄彦(ながすねひこ)を滅ぼしました。
饒速日命は可美真手命と合わせて石切大明神といわれています。饒速日命の神格は空の神、航空祖神、呪術の神、太陽神で、主に、航空安全、交通安全、諸願成就などのご利益が挙げられます。
可美真手命(うましまでのみこと)
饒速日命の御子神で「宇摩志麻遅命」と表記されることもあり、物部氏、穂積(ほづみ)氏、采女(うねめ)氏の祖神といわれています。饒速日命と同様、ともに天照大御神を祖先に持つ神武天皇に協力し、東征において長髄彦を滅ぼし、神武天皇に従いました。饒速日命と合わせて石切大明神といわれています。可美真手命のご利益は、主に腫れ物、腫瘍などの病気平癒です。
石切剣箭神社のご利益とは?
石切剣箭神社の主なご利益は、難病や腫れ物などの病気平癒などが挙げられます。
石切剣箭神社の見どころとは?
次は石切剣箭神社の見どころについて見ていきましょう。石切剣箭神社の見どころについては以下の通りです。
本社楼門(絵馬殿)
銅板葺・平入入母屋造の楼門は石切劔箭神社では「絵馬殿」とされており、頭上には絵馬が飾られています。楼門の役割も果たしているので、迫力もあり、非常に見ごたえのある見事な建築物です。「石切」と名が付くだけに、屋根の中央には、剣が天に向かって突き立てられています。
楼門の両脇には、他の神社とは違った随身像が安置されており、左の像は弓矢を持ち、右の像は剣を持っているのが印象的です。
本社拝殿・本殿
石切劔箭神社の本社拝殿は、銅板葺の平入入母屋造で拝殿前には狛犬が配置されています。本殿は銅板葺の三間社造で、拝殿の後方にあり、壁面が蜂の巣のような珍しい構造のガラスが張られているのが特徴です。木の味わいに深みが感じられる趣深い社殿です。
樹齢500年の御神木の楠
本社の境内には、樹勢の良い樹齢500年の楠の御神木があり、東大阪市の天然記念物に指定されています。樹高は約15m、幹周は約5.7mです。近寄ってみると、とても不思議な形をしており、すがすがしいパワーが感じられます。
百度石
石切劔箭神社のお百度参りは全国的にも有名で、本殿前の参道中央にお百度石があり、お百度石とお百度石との間を百回ないしは、心に決めた回数分お参りすることで願望祈願するものです。石切劔箭神社は病気平癒の神様なので、病気平癒を願ってお百度を踏む人する方も多いのだとか。お正月とご神事の時だけはお百度が踏めないそうなので、そこだけご注意下さい。
祈亀
石切劔箭神社では「祈亀」といって、背中に「心願成就」と書かれた500円の小さくて可愛い祈亀に緑色の願い事を書く紙を畳んで入れ、本殿右手の小さな社に納めます。祈亀よりも少し大きい「御礼亀」もあって、こちらは願いが叶ってその感謝の気持ちを記し、奉納するというもの。
御礼亀は上之社に納めるのですが、やむを得ず上之社まで行けない方は、祈亀が納めてある池に納めると良いそうです。
神馬像
境内の御神木の向かい側にある神馬像は「イシキリツルギヤ号」という名前の牝馬で、社名がそのまま名前になっています。「イシキリツルギヤ号」は元競走馬。この馬のオーナーが熱心な神社の崇敬者で、引退後に神馬として奉納されたそうです。
上之社拝殿
かつて石切劔箭神社には、宮山の上之社、光堂山の中之社、現在の本社にあたる下之社の3つで成り立っており、現上之社の本殿は今からおよそ460年前に「下之社」として建立され、建築様式は室町時代のものです。
上之社は石切劔箭神社の発祥の地として強力なパワーを感じ、本社と合わせて訪れる参詣者も多く、その数は後を絶ちません。上之社でも百度石があり、ゆっくりお百度参りができます。
石切剣箭神社のお守り・御朱印帳・おみくじ
せっかく神社の参拝に訪れたなら、お守りや御朱印はチェックしておきたいですね。次は、石切剣箭神社で販売されている「お守り」「御朱印帳」「おみくじ」について見ていきましょう。
お守り
石切剣箭神社のお守りで人気のものは、腫れ物に効くといわれる「なでまもり」の御護符(初穂料200円)。袋の中にはお守りとお米が入っており、紙袋の中から御守を出して、「石切大神」と何度も唱えて幹部をなでます。それからお米を毎朝1粒いただき、7粒いただいたら、その後、都合の良い時に再び参拝に訪れ、納札所に納めます(遠方の方は近所の氏神様などに納めてもいいとのこと)。
病気で参拝に来られない人に差し上げてもいいですね。一般的な病気平癒守りや身体健全のお守りは、5種類の色展開がある「袋入守」(800円)や「錦守」(500円)もおすすめですよ。
そのほか、心願成就の「夢守」(500円)や、女性の災難除けのご利益がある「香守」(800円)、仕事のお守りである「羽々矢守」(800円)、「厄除守」(800円)、「旅行安全守」(800円)など豊富な種類のお守りを購入できます。お子さんの成長祈願には、「駒守」(500円)というコンパクトサイズのおしゃれな袋守りもあります。
御朱印帳
石切剣箭神社のオリジナル御朱印帳(初穂料1,200円)は2種類で、若草色(ライトグリーン)のさわやかな御朱印帳と、紅白の矢絣柄のおしゃれな御朱印帳となっています。ありそうでなかなかないデザインなので是非ゲットしたいですね。御朱印(初穂料300円)は書き置きのみとなっており、通常版と新年の期間限定バージョンがあります。通常版はご神馬が描かれているものです。
おみくじ
石切劔箭神社のおみくじは、かわいい赤と青の馬衣を着けた神馬のおみくじ「神馬みくじ」(初穂料500円)です。口にくわえて神様からのメッセージを届けてくれます。
石切剣箭神社で特にパワーがある場所は?
石切剣箭神社で特にパワーがある場所は、上之社です。石切劔箭神社の本社よりも歴史が古く、パワーも強力。石切劔箭神社の元宮としてこちらも訪れる人が後を絶ちません。上之社には八大龍王社もあり、龍神様のご利益も期待できる浄化パワースポットとなっています。
まとめ
「でんぼ(腫れ物)の神様」の名で親しまれ、病気平癒の神様として名高い石切剣箭神社。毎年100万人もの参拝者が訪れるという大阪でも屈指のパワースポットです。本社から奥の院といわれる上之社までは歩いて12~13分。こちらも滝があって強力なパワースポットですので、行ける方は是非上之社にも訪れてみて下さいね。
ライターネーム Kikumikan
基本情報
住所:大阪府東大阪市東石切町1丁目1-1(本社)
大阪府東大阪市上石切町2丁目(上之社)
電話番号:072-982-3621
拝観時間:7:30~16:30
定休日:無休
HP:https://www.ishikiri.or.jp/
駐車場:有料駐車場あり
アクセス:
・近鉄けいはんな線 新石切駅から徒歩約7分
・近鉄奈良線 石切駅から徒歩約15分
・阪神高速道路東大阪線 水走I.Cから(国道308号線経由)車で約8分

