中之嶽神社

 

神が降りたつ岩から金運とパワーを授かれる中之嶽神社
中之嶽神社は、群馬県甘楽郡下仁田町に鎮座しています。妙義山の南麓に位置し、「轟岩」と呼ばれる岩をご神体とした巨岩信仰の神社です。中之嶽神社の巨岩信仰の歴史は古く、縄文時代から、神が降りたつ岩として崇められてきました。自然の中に聳え立つ、圧倒的な存在感を放つ轟岩から、元気・やる気などの大きなパワーを授かれることでしょう。

また、中之嶽神社は金運のパワースポットとして知られ、境内には日本一の金色の「大黒様」の像が祀られています。像の高さは20m・重量8.5tもあり、ふくよかな容姿に満面の笑みを浮かべた大黒様は、まさにゆとりや豊かさやを体現しているようです。中之嶽神社の大黒様は、手に剣を持つ「剣持ちだいこく」と呼ばれる、国内でも数少ない大黒様です。この剣で悪いものを断ち切り、福徳や良い縁を結んでくださると伝えられています。

中之嶽神社の入口の鳥居からは、金色の巨大な大黒様と、ご神体の轟岩が見えます。ご神域に足を踏み入れる前から既に、中之嶽神社に溢れるパワーが感じられることでしょう。神事の「甲子祭子の日・子の刻参り」は、中之嶽神社で最も大切なお祭りです。甲子の日は 「気が栄える」 とされ、大黒様のご加護を頂き運気が上昇する日とされています。年に6回ほど巡ってくる、暦で甲子の日の前日に行われる有難い神事に、多くの人が参拝に訪れています。
 

中之嶽神社はどんな神社?特徴は?
中之嶽神社は霊山・妙義山の一部である、轟岩に神が降臨したことが信仰の始まりとされています。歴史は古く3,000年程も昔の縄文時代の人々が、「波胡曽神」と呼ばれる山の神を祀り崇めてきました。当時は神社・神道という概念がなく、金鶏山・白雲山・金洞山と呼ばれる3つの山の、中央の金洞山に遠くから手を合わせる習慣があったそうです。長い時を経て、縄文人たちは徐々にこの妙義の地へと近づいてきました。

神話に登場する日本武尊(やまとたけるのみこと)が、勅命により関東を巡行された際に、妙義山の地へもおいでになられます。当時、この妙義山の山中には山賊が住み着き、里人を困らせていました。そこで、日本武尊が山賊を退治してくれたそうです。里人は日本武尊の偉業を称え、妙義山の司祭としました。そのため、中之嶽神社のご祭神は、当初は波胡曽神でしたが、主祭神は日本武尊となっています。

そして、古墳時代の第29代欽明天皇(きんめいてんのう)の時代に、妙形氏が社殿を建立したと伝えられています。やがて仏教が日本に伝来すると、妙義山にも僧侶や修行僧たちが入山し修験の場となりました。

中之嶽神社の境内には、平安時代819年に藤原冬嗣卿と空海(くうかい)が訪れ、大国主命(おおくにぬしのみこと)をお祀りした大国神社も創建されました。大国神社は開運・厄除の神と称され、多くの人に崇拝されてきました。平安時代1183年の後鳥羽天皇(ごとばてんのう)の時には、鍛冶の名工によって作られた神剣が、中之嶽神社に奉斉されました。

江戸時代1616年には、加藤長清(道士)がこの地を訪れ、中興の開山主となり神器を守り奉斉しています。小幡藩主・織田筑前守信久侯が社殿を改築し、 中之嶽奉行を設置し地所を寄進しました。1720年には嵯峨御所より、「十六葉菊御紋」付の幕・提灯が下賜されます。小幡藩の鎮守社として、織田家や後の松平家などの諸大名から篤く崇敬されました。
 

中之嶽神社のご祭神
ご祭神
日本武尊(奥宮)
大国主命(前宮)
その他15柱が祀られています。
 

中之嶽神社のご利益とは?
中之嶽神社は、やる気や元気がでるパワースポットです。また、縁結び・金運上昇のご利益で知られています。授与品の「気力守」は、特注の西陣織で作られ、織り込まれた文字は宮司の直筆であり、妙義山が育てた貴重なご神木が用いられています。金運のお守りや、縁切りの「切玉」・良縁の「結玉」なども人気です。
 

中之嶽神社の見どころとは?
中之嶽神社入口の赤い鳥居から見える金色の大黒様は、参拝客を温かく迎え入れてくださいます。大黒様のお顔を拝見すれば、誰もが笑顔になれるのではないでしょうか。満面の笑みを浮かべた大黒様に、心が和み癒されることでしょう。

人は自分を映し出す鏡と言いますが、どんなににらめっこしても大黒様の笑顔には勝てません。中之嶽神社がやる気や元気がでるパワースポットと呼ばれる理由が分かります。笑顔は人を幸せにしてくれますね。

春の桜や秋の紅葉が美しい中之嶽神社ですが、一年を通して多くの参拝客が訪れます。境内には前宮の大国神社・奥宮の中之嶽神社、そして、更に見晴らし台・第四石門・ご神体の轟岩への登山コースもあります。

登山コースを進めば視界が開け、素晴らしい眺望が楽しめます。ただし、岩を上ったりする危険な箇所もありますので、くれぐれも無理をしないようにしましょう。縄文時代から続く祈りの場、中之嶽神社の境内全体に力強い気が溢れています。

日本一の大黒様芳
大黒様とも呼ばれる大国主命は、打ち出の小槌を持つイメージですが、中之嶽神社の大黒様は、「剣もち大国さま」と呼ばれ剣を持っています。剣を持つ謂れは、不動明王と習合した姿であるとか、神宝が剣であることからなどの説があります。

穏やかな大黒様ですが、剣で悪を断ち切る力強さも感じられます。日本一の大黒様は、氏子をはじめ甲子構中・崇敬者などの協力により、平成17年に奉納されました。厄払いと、福徳を授けてくださいます。

轟岩(ご神体)
ご神体の轟岩は、入口の鳥居の方から眺めると、鳥をななめ後ろから見た姿に見えます。そのため、導きの神である八咫烏の姿とも言われています。

甲子大国神社(前宮)
甲子大国神社は、大国主命のほか10柱の神が祀られています。開運・厄除けの神として、篤く信仰されてきました。大国神社の拝殿前には、大黒様像が2体祀られています。向かって右側の像は剣を持ち、左側は打ち出の小槌を持っています。

小槌を持つ大黒様は「開運」・剣を持つ大黒様は「厄除」です。大黒様のぽっこりとしたお腹の部分は、あやかろうとする人々が撫でるため、剥げて地金が見え輝いています。また、拝殿内には、祥運の龍が力強く描かれています。

中之地嶽神社(奥宮)
大国神社を参拝した後は、奥宮の中之嶽神社へと向かいましょう。中之嶽神社までは、急で長い石段が続いています。巨木に囲まれた石段には、神聖な気が感じられます。石段を上って行くと、眼前に圧倒的な存在感を放つ、ご神体の轟岩がそそり立っています。轟岩の下にある窪みの所に、中之嶽神社の拝殿と幣殿が埋め込まれたように建てられています。轟岩がご神体なので本殿はありません。拝殿前は、特に空気感が変わり、神聖さが増しています

甲子祭子の日・子の刻参り
大石邸庭園は義士史料館の一部として残る池泉回遊式庭園で、大石内蔵助お手植えの松や内蔵助が愛したしだれ桜、内蔵助ゆかりの牡丹など「大石邸庭園七景」と呼ばれるスポットがあります。瓢箪池を含む邸内一帯の庭園には、大石内蔵助夫婦や子女ゆかりの場所としても非常に趣深さが感じられます。
 

中之嶽神社で特にパワーがある場所は?
中之嶽神社に流れる妙義山からの気の力は強力で、やる気や元気がみるみる湧き出てきて、運気が上昇するパワースポットとして知られています。ご神体の轟岩が、特にパワーがあるとされています。
 

まとめ
群馬県甘楽郡下仁田町に鎮座する中之嶽神社は、「轟岩」をご神体とする巨岩信仰の神社です。歴史は古く縄文時代から、神が降りたつ岩として崇められてきました。圧倒的な存在感の轟岩から、元気・やる気などのパワーが授かれます。

また、中之嶽神社は金運のパワースポットとしても知られ、日本一の大きさを誇る金色の「大黒様」像が祀られています。手に剣を持つ「剣持ちだいこく」と呼ばれ、剣で悪を断ち切り、良縁や福徳を授けてくださいます。神事の「甲子祭子の日・子の刻参り」は、 「気が栄える」 とされ、大黒様のご加護を戴き運気が上昇するそうです。中之嶽神社は、力強いパワーに溢れています。

ライター 梅花桜花
 

基本情報
住所:群馬県甘楽郡下仁田町大字小坂1248
電話番号:0274-82-5671
拝観時間:24時間参拝可能
拝観料:無
定休日:無休
HP:https://www.nakanotake.com/
駐車場:
アクセス:
上信越道 松井田妙義ICから 15分
      下仁田ICから 25分
・JR高崎駅~JR信越線磯部駅~タクシー25分
・JR高崎駅上信電鉄0番線~下仁田駅~タクシー25分

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