大国主神社には「木津の大国さん」と慕われる金運アップの神様
大阪にある「大国主神社」(おおくにぬしじんじゃ)は正式名称を「敷津松之宮 大国主神社」といいます。
同じ敷地に敷津松之宮と大国主神社があるため、参道がクロスしている珍しい光景が見られます。
また、全国的に知名度がある「種銭」は、絶大な金運のご利益があるお守りとして、買い求める人が後を絶ちません。
今回は「木津の大国さん」と長年地元の人から慕われる、大国主神社の魅力について解説します。
大国主神社の歴史
はじまり
国道沿いに大国町駅から北へ向かって行くと、「敷津」と書かれた看板が目に入ります。この正面に大国主神社があります。「津」の文字から、一説によればこの近く一体まで海があり、船着き場や渡し場があったといわれています。
昔、神功皇后は三韓征伐から帰朝した際、住吉大社から敷津の浜辺に荒波が打ち寄せている光景を目の当たりにしました。そこで、潮が満ちてこないように、松を渚に3本植えて航海の安全をスサノオノミコトに祈願したとされる場所が「敷津松之宮」だと伝えられています。
1744年になり、出雲大社を勧請して敷津松之宮の摂社として「大国主神社」が建立されました。それ以来、「木津の大国さん」と、地元の人々から親しみを込めて呼ばれています。
主祭神、ご利益
大国主命(おおくにぬしのみこと)と素戔嗚尊(すさのおのみこと)が主祭神でお祀りされています。社殿には、「大国様」と「日出大國社」の字が大きく書かれています。
社殿の中には、日本一の大きさの木彫りの大黒さんが、微笑んで鎮座しています。七福神の一人、大黒天(大国主命)は金運や財運、商売繁盛、宝くじの大当たりなど一獲千金をもたらすといわれます。
また、大国主は多くの女神との間に子どもをたくさんもうけました。そのため、縁結びの神様としても有名です。
この他にも五穀豊穣、航海守護、病気平癒などたくさんのありがたいご利益があります。
素戔嗚尊は大国主命の父ともいわれています。
敷津松之宮から大国主神社へ、そして子どもの事代主命(ことしろぬしのみこと)が祀られている今宮戎神社に参拝すると、親子三代の神様にご挨拶ができるため、大変縁起がいいとされています。
大国主神社の見どころ
二つの鳥居
大国主神社は敷津松之宮の摂社なので、同じ敷地内にあります。そのため、鳥居がそれぞれ2つあります。
大国主神社の鳥居は、南北に走る大通りに面しています。
境内の東側に位置していて、西に向かって参道が伸びています。
敷津松之宮の鳥居は、境内の南側に位置しています。
クロスしている参道
鳥居から続く参道は、南北方向と東西方向に伸びています。敷津松之宮拝殿前に位置している狛犬の前あたりで2つの神社の参道がクロスしていて、他の神社では見られないことから、その場所は大変縁起がいいといわれています。
日出大国神像
大国主神社社殿に、見た目が大黒天の日出大国神の像があり、太陽を膝の上に抱えています。木彫りの大黒天像としては、日本一で大きさが2メートルあり、存在感は抜群です。
神社では通常、寺院の御本尊である仏像などは置きませんが、こちらでは大国主命像が鎮座していて、神仏習合の影響が見られます。
ところで、大国主命と大黒天の違いをご存知でしょうか。
日本神話にも登場する大国主命は、天孫降臨の前から日本の土地を治めていた土着の神々である国津神(くにつかみ)の主宰神です。
対して大黒天は元々「マハーカーラ」というインドの神様でした。中国に伝承すると大黒天と訳されます。
大国主命は日本の神様ですが「大国」が「ダイコク」と呼べるため、日本に中世以降伝わった「大黒天」と同じものとみなされるようになりました。
江戸時代に大国主神社が創建されましたが、その頃にはすでに「大黒天」と「大国主命」の習合は浸透していたと考えられ、「日出大国神」と呼ばれていました。
狛ねずみ
大国主神社では、ユニークな狛ねずみがお出迎えしてくれます。阿形の狛ねずみは小槌を持っていて、吽形の狛ねずみは米俵を持っているので見るからに縁起が良さそうです。
古事記には、大国主命を助けたねずみの逸話が残されています。
大国主命は、青年期の名前を大穴牟遅命(おおあなむじ)といい、素戔嗚尊の娘の須勢理毘売(すせりびめ)と恋に落ちます。
すると、父である素戔嗚尊はこの男が娘婿に値するかどうか、大穴牟遅命を試しにかかります。荒々しい性格の素戔嗚尊は、大穴牟遅命を御殿に招くと蛇が這いまわる岩屋に泊めました。
須勢理毘売は愛する大穴牟遅命のために、3回振れば蛇を追い払える蛇除けのショールを渡します。
その後も大穴牟遅命は、蜂とムカデのいる岩屋に泊められますが、ショールのおかげで難を逃れることができました。
すると、次に素戔嗚尊は広い野原に鏑矢(かぶらや)を放ち、その矢を大穴牟遅命に取りに行かせます。大穴牟遅命の姿が見えなくなると素戔嗚尊は、野に火を放ちました。火に一瞬で囲まれた大穴牟遅命は行き場を失い、絶体絶命になります。
そこへねずみが現れ、穴に大穴牟遅命を誘導し、火を逃れて事なきを得ました。さらに鏑矢をくわえて大穴牟遅命の元へ運んでくれたそうです。
それ以降、ねずみは大国主命の神使いとなり、大国主神社を守護しています。
ちなみに狛ねずみが持っている小槌や米俵は、大黒天(大国主命)が持っているものと同じだといわれています。
木津勘助の像
木津勘助の銅像が、境内にあります。
木津勘助は今の神奈川県、相模の出身で安土桃山時代から江戸時代初めに活躍しました。豊臣家に仕えて、水運を開発したり堤防を強化して水害を防ぐなど、大阪繁栄の基礎を作り土木事業に貢献しました。
1639年(寛永16年)に大飢饉が起きると、私財を投じ苦しむ人々を助けるだけでなく、「お蔵破り」として幕府の米蔵を無断で開放しました。
その結果、幕府に捕らえられてしまい、現在の大阪市大正区に流されて75歳で生涯を閉じました。
このような人の為に尽力を惜しまない生き方を讃え、銅像が建てられたとのことです。
大黒まつり
1月9日から11日は、今宮戎神社の「十日戎」と同じ日に開催される「大国まつり」が盛大に行われます。
今宮戎神社で祀られている事代主命は、大国主神社で祀られている大国主命の子どもにあたるため、親子両方にお参りすれば、さらなるご利益アップの期待ができるそうです。「えびす・だいこく両社詣って本まいり」という慣習が、江戸時代から地元では根付いています。
大国主神社の特にパワーがあるお守り
種銭 (たねせん)
大国主神社で最も人気があるお守りで、財布に入れて持ち歩くと金運アップにつながるといわれています。
種銭は、テレビで「宝くじが当たった」と放送されて話題を呼び、金運上昇、商売繁盛のご利益があるお守りとして有名になりました。普段も品切れになることもありますが、特に大国まつりが開催される1月9日から11日にかけては、種銭を授かろうと長蛇の列ができます。
商売繫盛の種、つまりもとになる種銭を財布や金庫に入れておけば、お金が増えるとされています。1年経ったら神社に返納して、毎年新しい種銭を授与していただくことが、慣習となっています。
まとめ
ふくよかな笑顔の大国(大黒)さんは、見ているだけで幸運をもたらしてくれそうなお姿です。大国主神社には大国さんの絵があちこちに飾られ、境内の気を明るくしてくれます。
同じ境内にある、親である素戔嗚尊を祀る敷津松之宮を先ず参拝し、そして大国主命を祀る大国主神社を参拝、最後に子である事代主命を祀る今宮戎神社を参拝するのが最もご利益がいただける参拝の順序だといわれています。今宮戎神社には歩いて15分ほどで行けます。
近くにお越しの際は、大国主神社とあわせてお参りしてみましょう。
ライターネーム/サクヤ凛
基本情報
住所:大阪市浪速区敷津西1-2-12
電話番号:06-6641-4353
アクセス(最寄駅):大阪メトロ(地下鉄)「大国町駅」2番出口より北に徒歩2分
駐 車 場:なし
拝観時間:9時〜16時

