進雄神社

災厄・疫病除けの守護神に守られる進雄神社
進雄神社は、群馬県高崎市柴崎町に鎮座しています。この神社は何と読むのだろうと、思われる方も多いのではないでしょうか。進雄は「すさのお」と読み、ご祭神には速須佐之男命(すさのをみこと)が祀られています。

進雄神社は元々、「天王宮」と呼ばれ親しまれていましたが、明治時代の神仏分離令により社名を改めています。当時の宮司がご祭神の神名にちなみ、また「雄大に進むよう」との願いを込め、社名を進雄神社としたそうです。

日本神話に登場する速須佐之男命は、子供っぽくて粗暴な面もありましたが、英雄としても描かれ、神話では成長ぶりを見ているようです。

速須佐之男命は、天照大神(あまてらすおおみかみ)・月読命(つきよみのみこと)と共に、三貴神の1柱として生まれた天津神です。高天原から追放されて、最初に地上に降り立った神とされています。

ヤマタノオロチを退治し、後に妻となる稲田姫之命(くしなだひめ)を守った、力強い英雄でもあります。

進雄神社は、そんな速須佐之男命と稲田姫之命の、夫婦神に守られている神社です。速須佐之男命は、国土経営・産業開発の神であり、民生の安定に限りないご慈愛をもたれる神として崇められてきました。特に人の身に起こる災厄・疫病除けの守護神、授福の大神としてあまねく人々に知られています。

平成3年に鎮座1120年を記念し、社殿が新しくなりました。歴史ある進雄神社には、清浄な気が流れ、訪れた人々に元気を与えてくれることでしょう。
 

進雄神社の特徴
進雄神社は、平安時代869年に天王宮として創建されました。当時の日本国内では、疫病が蔓延していました。そのため、清和天皇(せいわてんのう)の命により、津島神社(尾州・愛知県)の神様をこの地に勧請して、祀ったことが進雄神社の始まりです。

厄除け・健康成就の祈願ができる所として、天王宮は篤く崇敬されてきました。

平安中期の武将・源頼義(みなもとのよりよし)公は、1057年に奥州へ向かう際、進雄神社で武運長久を祈願しています。凱旋にあたり頼義公は、社殿の修造や神領の寄進などをされました。

戦国時代になると、武田・上杉・北条氏など、名立たる武将たちの祈願所となっています。当時の戦勝祈禱文書・社家の安堵状などが、今に伝えられています。

江戸時代1634年には、3代将軍・徳川家光(とくがわいえみつ)公より、御朱印地30石が寄進されています。明治時代に入ると神仏習合が廃止され、永く天王宮と親しまれてきましたが、社名を進雄神社と改称して今に至ります。
 

進雄神社のご祭神
ご祭神
    速須佐之男命(すさのをみこと)
    稲田姫之命(くしなだひめ)
 

進雄神社のご利益
進雄神社は、病気平癒・健康祈願・厄除・方位除・安産・交通安全・合格祈願など、様々なご利益があります。授与品には「病気平癒御守」「健康御守」などがあり、優しい風合いのお守りが授かれます。
 

進雄神社のどこが見どころか?
進雄神社の緑豊かな境内には、静謐なご神威が溢れています。大鳥居をくぐり手水舎で身を清め、二の鳥居をくぐると参道の両側に御神池が見えます。

参道の中央には太鼓橋の御神橋が架けられていますが、神様がお渡りになるための橋なので、参拝者は左右の平橋を渡りましょう。

御神池の東には「弁財天さま」をお祀りする小祠があり、西には「龍神さま」が祀られ、参道を歩くだけでもパワーが頂けそうですね。

他にも境内には、神楽殿や稲荷社、小さなお社も多く祀られています。進雄神社のご神木は橘の木で、冬には縁起の良い黄色い実を結びます。

また、進雄神社では、黄色い花を咲かせる八重桜の「御衣黄桜」や、しだれ梅など季節の美しい彩りも楽しめます。神苑には珍しい白孔雀も飼育されていますので、清々しい境内をゆっくりと散策してみましょう。

社殿
進雄神社の社殿は、鎮座1120年記念として、平成3年に総檜・権現造りの新社殿が築かれました。檜造りの70余坪の社殿には、渡廊も造営されています。

どっしりとした荘厳な社殿は、木の持つぬくもりが感じられ、拝殿前に立つと心が落ち着くことでしょう。

神馬像
太鼓橋の近くには、青銅製のシュッとした顔立ちで、躍動感に溢れた神馬像があります。大神様の乗る神馬は韓國(からくに)を旅し、日本に檜・杉・楠などの木の種をもたらしました。

古くから「足腰丈夫は薬いらず」と言われ、足や膝が悪い方は、この神馬像の足や膝を撫でるとよいそうです。

茅の輪くぐり
ご祭神の速須佐之男命は旅の途中、貧しくも慎ましく暮らしていた蘇民将来(そみんしょうらい)の家に、一晩泊めてもらった上にもてなしをうけました。

数年後、速須佐之男命は再び、蘇民将来の元を訪れお礼をしたいと告げます。そして、茅で輪を作り、子が身につければ良いことが起こると伝えます。その年に疫病が蔓延し、よその家の子供が次々と亡くなる中、茅の輪を身に着けていた蘇民将来の子は生き残ったそうです。

それから、茅の輪は無病息災を祈願するためのものとなり、いつしか大きな輪をくぐり抜け、祈願する儀式へと変わっていきました。速須佐之男命の伝えた茅の輪は、今でも人々に信仰されています。

捻れ杉
駐車場より西側の神楽塚に、「捻れ杉」があります。進雄神社は社家として高井家が奉祀していましたが、戦国時代に武田氏の命により、伊藤太夫という人に取って代わったことがありました。

すると、夜な夜なご神木の上で、神楽の面が火を吐くなどしたそうです。そのため、伊藤太夫は大いに悩ませられ、しまいには面を土に埋めて退散しました。そして、高井家が社家として再任されたため、神楽の面を掘り出して、そこに杉を植えたそうです。

その杉は不思議なことに、ねじれた幹となったため、「神楽塚の捻れ杉」と呼ばれます。また、神楽面は社宝「火吹きの神楽面」として、大切に保管されています。

白い孔雀
社務所の自動ドアを入りロビーを抜けると、神苑が広がっています。神苑には純白の2羽の孔雀がいます。真っ白な羽を広げた姿は、清らかで美しく、その神々しさに圧倒されることでしょう。

白い動物は古来より、神の使いであり、吉兆とされています。中国で孔雀は、愛・美・富をもたらすとされ、白い孔雀は、幸運が訪れる前触れと考えられています。ぜひ、白い孔雀に会いに行きましょう。
 

進雄神社の一番パワーのある所
進雄神社のスッキリと整えられた境内には、清らかなエネルギーが流れています。拝殿前が一番パワーがあるとされています。
 

進雄神社のまとめ
群馬県高崎市柴崎町に鎮座する進雄神社は、ご祭神に速須佐之男命・稲田姫之命の夫婦神が祀られています。元々は「天王宮」と呼ばれ親しまれていましたが、明治時代の神仏分離令により進雄神社となりました。

平安時代に疫病が蔓延した頃、清和天皇の命により、津島神社の神を勧請して創建された神社です。速須佐之男命は、人の身に起こる災厄・疫病除けの守護神・授福の大神とされています。

進雄神社は厄除・病気平癒・健康祈願の神社として、多くの人々が参拝に訪れています。

ライター 梅花桜

基本情報
〒370-0035 群馬県高崎市柴崎町801番地
TEL 027-352-1839
定休日   無
拝観時間  24時間参拝可能
拝観料   無
アクセス  関越自動車道 高崎ICから南に4㎞
      関越自動車道 高崎玉村スマートICから高崎駅方面に4㎞
      JR倉賀野駅から北に2㎞
      JR高崎駅から 東に4㎞
      高崎市循環バス ぐるりん 群馬の森線 高崎駅東口発
      中居団地・群馬の森コース下り経由「中居町二丁目」下車 徒歩4分
駐車場    有 
https://susanoo.ne.jp/

関連記事

  1. 布引の滝

  2. 札幌諏訪神社

  3. 香椎宮

  4. 三峯神社

  5. 櫻井神社

  6. 福島稲荷神社

  7. 築地本願寺

  8. 來宮神社

  9. 焼津神社

2026年8月
 12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31  
  1. 登録されている記事はございません。
error: Content is protected !!